言葉












千石の家に亜久津が遊びに来ていた。

先ほど外で2人で会っていたのだが、千石が家に誘った。

亜久津は無言のまま、千石のあとをついて行くだけだった。

部屋に入ると千石は亜久津に声をかけた。

「ねぇ、亜久津。俺のこと好き?」

さらりとそう言った言葉は重い印象を与えなず、むしろ軽い印象さえ与える。

「言葉が必要か?」

亜久津はジッと千石を見つめ、静かにそう答えた。

「たまには言葉だって欲しいよ。たとえ、亜久津の気持ちを分かっててもね」

千石はニッといたずらっ子のように笑みをこぼした。

亜久津はそっと千石の頬にキスを落とすと

「好きだ」

そう、つぶやいた。





数時間前、亜久津と千石は久しぶりにデートをしていた。

デートといっても一緒に街をぶらついているだけだったが、一緒にいればどこでよかった。

その街中で意外な人物にあった。

忍足と跡部の2人だった。

お互いデート中とあって、簡単な挨拶をしただけだったのだが、

忍足が千石に耳打ちをしてきた。

「もう亜久津とHしたん?」

忍足はそう言ってきた。

「え、あぁ…うん」

実際、まだ亜久津とは何もない。頑張ってもキスまでだった。

千石はその言葉や言動から軽い男とか、プレイボーイと思われているが、

実際はまったくそういうことはない。

千石は何故、忍足がそんなことをいうのだろう。と不思議に思っていた。

「亜久津ってあんま言葉に出さへんやろ?どうしてるんかな〜と思うただけや」

その忍足の言葉に千石は苦笑いをこぼした。

「余計なお世話だよ、忍足くん」

そこまでいうと、隣にいた亜久津が千石の手を取り

「チッ、もういいだろ。くだらねぇこといってんじゃねーよ」

と、ほぼ強制的にその場から離れた。

「何や、意外といい所あるんやないか」

忍足は亜久津の行動にくすっと笑みをこぼした。

「行くぞ、忍足」

そんな忍足も跡部に促され、2人もその場から遠ざかった。

何の変哲もない忍足との会話だったが、千石の胸にグサリと刺さっていた。



2人が付き合って、まだ間もない。

でも千石には亜久津の自分に対する気持ちを感じていたし、分かっていた。

でも、キスだけじゃ物足りない。

好きだからこそ、すごく好きだから、一緒にいるだけじゃ足りない。

キスだけじゃ足りない。

温もりもその肌の熱さもすべて感じたい。

そう思いながらも、千石は積極的にはなれなかった。

「千石」

物思いにふける千石に亜久津はずっと名前を呼んでいたらしく、

千石が気がついたときには少し不機嫌そうな顔をしていた。

「あぁゴメン、何?」

「面白くないなら、俺は帰るぜ」

亜久津は一言だけ言い、帰ろうとする。

「亜久津、今から俺の家に来ない?」

千石の口からそんな言葉が無意識にこぼれた。

言った後で、千石は一瞬、後悔した。




何故、あんなことを言ったのか、自分でも不思議だった。

「忍足クンのせいだ」

つぶやくように千石は亜久津を家に招待する。

自分の家に亜久津を連れてくるのは初めてで、少し緊張した。

「適当にくつろいでよ」

あぁ。と短い返事とともに何故かベッドの方に座る。

そのうちにゴロンと横になる。

亜久津は学校でも横になっていることが多い。

習慣なのだろう。

「ねぇ、亜久津」

「何だ?」

亜久津は寝そべりながら、顔を千石の方に向ける。

千石は亜久津の方に近寄ると、ベッドに腰掛けた。

「…俺、亜久津と…」

言いたくても言えない、普段の千石からは想像がつかない、しおらしい彼がそこにいた。

亜久津はそっと千石を自分の方に引き寄せ、抱きしめた。

「亜久津?」

「調子狂うぜ、まったく」

そう呆れているようでいて、嬉しそうに亜久津はつぶやいた。

「千石、俺もお前のすべてが欲しい」

千石の言葉を遮るように亜久津は唇を重ねた。

「亜久津…俺を貰ってくれるの…」

千石の首筋を舌で這わせながら、シャツを脱がせる。

「当たり前だ」

亜久津は少し気恥ずかしそうにいった。

「嬉しいよ、亜久津…」

千石の目から涙がこぼれ、亜久津は再び、唇を重ねた。

「好きだぜ、千石」

「ん、俺も大好き…」

2人は静かに体を重ねあった。






おしまい